
前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)は、古墳の墳形の一 種であり、特に東日本の前期古墳に多く存在する。また、 中国・四国地方にも多く存在し、中でも出雲地方の前方後方墳は古墳時代を通じて築かれていた。その起源は、方形 の墳丘墓への通路が変化し、突出部へと代わっていき成立したと推測されている。東日本の出現期古墳の多くは、前方後方墳であることが分かってきた。
主に弥生時代後期末から前方後方墳の祖形である前方後方形墳丘墓が造られ始め古墳時代前期前半に東日本(中部・ 関東地方)で前方後方墳がよく造られる。西日本の前方後円墳の世界に対し、東日本は前方後方墳の世界であったと 捉えることができる。なお、100メートルを超える規模の 大きな前方後方墳5基が大和に集中し、あとは下野に2基、 上野・越中・美濃・駿河に1基ずつ存在する。
1つの説として、政治勢力としては、西日本は邪馬台国を 中心とした政治連合であり、東日本は濃尾平野の狗奴国を 中心として形成された政治連合であったが、東の狗奴国中 心の連合は、西日本の邪馬台国連合ほど強固な連合ではなかったとするものがある。また、この濃尾平野の勢力 は、『魏志』倭人伝に記載のある倭の女王卑弥呼の邪馬台国と闘った狗奴国との関係を想定する学者もいる。
日本列島には約500基の前方後方墳が存在する。(Wikipedia)
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でも、謎は深まるばかり・・・
東日本に多くて、西日本には少ないとのこと。
やはり勢力範囲(国)の影響でしょうかねえ(^o^;)
少ないとは言っても西日本にも結構あるしなあ。
古墳時代とかは不明なところが多くて・・・そこがまた気に入っています
