富士宮市に入り、目的地「若獅子神社」に到着♪
この神社とその周辺一帯には、かつて「陸軍少年戦車兵学校」が有りました!
陸軍少年戦車兵学校 (りくぐんしょうねんせんしゃがっこう)とは、静岡県富士宮市にあった大日本帝国陸軍の教育機関である。機甲部隊の拡充強化のため、14歳から19歳の少年が2年間かけて育成が行われた。教職員は1,550名、延べ4,000余名の少年が学んだ。(Wikipedia)
昭和14年に起こった満蒙国境「ノモンハン」事件で、必勝不敗の伝統に輝いていた日本陸軍が充実した近代装備と膨大な物量を誇るソ連軍の消耗作戦の前に、はしなくも世界軍事の体制に著しく立ち遅れていることを如実に暴露してから、その近代化が強く叫ばれ戦車隊拡充の声も高くなった。
勿論、我が国でも昭和10年頃から急激に悪化した国際情勢に対応し、逐次国防充実計画を進められてはいたが、当時の国力からいって、ことに支那事変を戦っていたため、到底列国に伍し得るような、近代装備を急速に整備することは望めなかったから、これを補うため兵員、特に幹部の資質を向上し、一騎当千の強兵を養成するの外なし、との結論に達し、戦車については既定の整備計画を進めるほか、新に「少年戦車兵」制度を設けることになり、多年の懸案がここにはじめて実現することとなった。
勿論、我が国でも昭和10年頃から急激に悪化した国際情勢に対応し、逐次国防充実計画を進められてはいたが、当時の国力からいって、ことに支那事変を戦っていたため、到底列国に伍し得るような、近代装備を急速に整備することは望めなかったから、これを補うため兵員、特に幹部の資質を向上し、一騎当千の強兵を養成するの外なし、との結論に達し、戦車については既定の整備計画を進めるほか、新に「少年戦車兵」制度を設けることになり、多年の懸案がここにはじめて実現することとなった。
(若獅子神社公式HPより)

約30万坪の広大な敷地です!
そして、その痕跡は・・・

現在も残る門柱(おそらく北門)

門柱の「少年」という文字・・・感慨深いです・・・
ココにも有りました「境界石」♪
境界石愛好家のYAMATETSUとしては・・・もうこれで満足であります!




