昭和19年6月:マリアナ諸島:サイパン島の戦い
押し寄せる米軍・・・日本軍守備隊は全滅しました。
15日7時、アメリカ軍主力の海兵隊は上陸を開始した。
翌16日、第27歩兵師団の部隊が上陸しアスリート飛行場に向け進撃した。飛行場までの間に広がるサトウキビ畑中に日本兵が潜んでおり、そこから奇襲攻撃が加えられた。そのため上陸米軍は、火炎放射器で畑を焼き払い、日本兵が出てきた所を攻撃する作戦に出た。作戦は成功し、第27歩兵師団は夜半までに飛行場に到達した。16日の夜から17日にかけて、日本軍は戦車第9連隊(44輌)含む約8000名が総攻撃を開始したが、1時間に野戦砲800発、機銃1万発という米軍の圧倒的火力によりほぼ全滅した。18日、斎藤中将は飛行場を完全に放棄。そのため南部に残された日本軍は完全に孤立した。(Wikipedia)
以前、下記の本を読んで感動しました
全滅した戦車第9連隊。そして戦後も廃棄されたままの九七式中戦車。
下田四郎さんの努力により、日本に帰還した九七式中戦車の物語です。

帰還を果たした2輌の九七式中戦車
そして現在・・・東京:靖国神社と富士宮:若獅子神社に安置されています。
靖国神社の九七式中戦車は迷彩塗装復元済ですが、
対照的なこの質感・・・言葉では言い表せません。








履帯と転輪

刻まれた無数の弾痕
玉砕へ向かう訓練・・・戦車少年兵を偲んで帰還戦車に別れを告げます。
九七式中戦車(チハ)少年戦車兵訓練の記録
昭和18年 日本映画新社「富士に誓ふ」より
昭和18年 日本映画新社「富士に誓ふ」より