年末年始(30日~1日)・・・またまた京都へ極秘潜入♪
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今度は、四条河原町のホテルがとれたので、
奮発して2泊・・・京都を満喫したのでありました
例により、ゆ~ったりとしたペースで、その時の見聞を綴ります
 


京都の市街地、地下鉄で四条通へ
ずいぶん昔から気になっていた未探訪地・・・
大事件の「史跡」に向かいます。
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西洞院通を北へ入り
 
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突き当りを西へ50メートルくらい進むと、ついに到達
 
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福祉施設の一角に石碑が見えます!
 
同時に、
イメージの中で「桔梗の旗」も見えてくるようです。
 
・・・天正十年(1582)六月二日未明・・・
本能寺の変(ほんのうじのへん)は、1582年6月21日(天正10年6月2日)、織田信長の家臣明智光秀謀反を起こし、京都本能寺に宿泊していた主君信長と後継者の信忠を襲い、自殺させたクーデターのことである。暗殺事件との解釈もなされる。
光秀が反旗を翻した原因については定かではなく、多くの歴史家が研究しているが、現在でも定説と呼ばれるものは確立されていない。光秀の恨みや野望に端を発するという説、光秀以外の首謀者(黒幕)がいたとする説も多数あり、日本史上の大きな謎の1つである(各説については#変の要因を参照)。(Wikipedia)
 
 
そして、現在・・・
 
 
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此附近 本能寺址
本能寺(ほんのうじ)は、京都府京都市中京区にある、法華宗本門流の大本山。織田信長明智光秀に討たれた「本能寺の変」で知られる。
◆1591年(天正19年)豊臣秀吉の命で、現在の寺域(中京区寺町御池下ル)へと移転させられた。伽藍の落成は、1592年(天正20年)。現在の御池通と京都市役所を含む広大な敷地であった。(Wikipedia)
 
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大正時代建立の石碑にも味わいがありますね。
歴史上の大事件跡地に想いを馳せつつ、
 
冬の京都散歩はつづく・・・