YAMATETSU見聞録

史跡探訪と旅行、その他読書雑感等 ~明日になれば明日の風が吹く~

2012年08月

後鳥羽上皇旧跡と四十曲峠【伝説の道9】

いよいよ金持から伯耆と美作の国境:四十曲峠に向かいます♪
とりあえず四十曲峠トンネルを抜けて美作(新庄村)へ入り、道の駅:メルヘンの里で休憩。
折り返して、四十曲峠の旧道へ突入します!
しばらく旧道を走ると、後鳥羽公園の案内板が見えてきました
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後鳥羽上皇が硯の代わりに使用したという「硯岩」へ向かいましたが、
鬱蒼とした草木のため断念しました・・・
 
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出雲街道:一里塚跡
 
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出雲街道の杉並木(伯耆方向)
 
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「配流の道」舗装道の脇に残る中世の道か。
「何か」が出そうなので進入は断念・・・
 
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なんだか弘法大師のような伝説・・・!
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旧道から少し山中へ入ったところにある歌碑へ
 
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後鳥羽上皇歌碑
 
そして、旧道に残る「六体地蔵」・・・旅人の安全を守ります
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もうすぐ峠です。
 
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峠道を歩いてみようかと想っていたところ、急に雨が降って来たので中止。
 
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ついに集中豪雨が!!
フロントガラスが印象派の絵画のようになっていますね。
 
ということで、遭難の危機を感じ、撤退を決意したのでした・・・
 

【伝説の道】終了

根雨宿から金持へ【伝説の道8】

安来市から鳥取県米子市へ入り東横インへ宿泊。
翌日、米子から「出雲街道」を南下して後鳥羽上皇:隠岐配流の表ルートを通りました♪
 
日野川沿いに国道を進み・・・出雲街道の宿場町「根雨宿」に到着!
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本陣跡:江戸時代の参勤交代では、ほとんど松江藩専用ですね。
 
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根雨宿:本陣の門
 
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旧出雲街道:この道を後鳥羽上皇が通ったのかも知れません。
 
そして・・・根雨から離れて「金持神社」へ向かいます。
この神社、縁起の良い神社名として全国的?に有名。この日も参拝者が続々と。
 
金持神社(かもちじんじゃ)は、鳥取県日野郡日野町金持(かもち)にある神社旧社格は村社。
その縁起のよい名前から、金運・開運祈願の神社として広く信仰を集めている。このため、ジャンボ宝くじ発売シーズンになると参拝者が増える。
金持(かもち)とは、古くは、玉鋼の産地で、原料砂鉄のこと)が採取できる谷を多くっていた事に由来する。近隣にある金屋子神よりも古いが、スサノオ神よりも新しい神である。
810年大同5年~弘仁元年出雲国神官の二男が、伊勢神宮参拝のため、この地(当時は伯耆国日野郡金持郷)を通りかかったところ、お守りとして身につけていた玉石が急に重くなり、この地に宮造りしたといわれている。鎌倉時代南北朝時代にかけての武将金持氏の信仰が篤かったと伝えられている。(Wikipedia)
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鎌倉時代、金持氏は伯耆国の守護を務めました。
 
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「金持神社」
 
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「お金持ち」への道のり・・・
 
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拝殿に到着!
「この写真をケータイの待ち受けにすると良い」とかいう話し声が聞こえてきました。
 
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狛犬さんにも賽銭がたくさん\(◎o◎)/!
阿吽ともに、頭のてっぺんに賽銭をお供えしてみましたよ
でも・・・この日から数日経ちましたが、財布の中身は減るばかりなのです

金持神社から岡山県(美作国)へ向かう途中の道路脇・・・
北朝時代:後醍醐天皇に従った「金持景藤」の墓があります。
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車を降りて、上に登ってみました。
 
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「金持景藤の墓(宝篋印塔)」
 
金持景藤の時代から、約100年前・・・
隠岐配流途中の後鳥羽上皇を伯耆方面ルートで護送したのは、
おそらく金持氏のようですね!

陸軍砲と海軍砲(和鋼博物館)【伝説の道7】

奥出雲の亀嵩から北東へ向かい広瀬町を抜け、安来市に入りました♪
安来市といえば安来節、安来節といえば「どじょうすくい」ですよね!
(全国的な知名度は分かりませんが)
以前、松江市の旅館で見学したことがあります。
この「どじょうすくい」・・・「たたら製鉄の歴史」に関係あるとか!?
 
安来節とともに踊る伝統的な民俗舞踊として「どじょうすくい」があり、代表的な御座敷芸とされている。
どじょうすくいのひょっとこ顔で有名。男踊りのどじょう掬いは実は、この周辺の名産である安来鋼を作るたたら吹き製法の際に原料として使われる砂鉄採取の所作を踊りに取り込んだものとされる。一説には「どじょう」は「土壌」であると云う。 しかしながら、実は本当に踊りながら(振り付けのドジョウが逃げる動作も含めて)ドジョウがすくえてしまうということも発見されている(探偵!ナイトスクープの依頼より)。
「安来節」も「どじょうすくい」も宴会等で演じられる際は、手拭をかぶり笊を持ち割り箸を鼻の穴に差込み周囲の手拍子をもとにひょうきんさを前面に押し出し演じられるが、実際には根拠がないものである。(Wikipedia)


ということもあって、鉄の歴史に興味があるYAMATETSUは、
念願の安来市「和鋼博物館」へ行ってきました
この博物館は司馬遼太郎の「街道をゆく」(砂鉄のみち)でも登場しましたよ!
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和鋼記念館時代、司馬遼太郎が当館へ訪問しその内容が「街道をゆく」で収録されたことから全国的に知られるようになった。展示品は玉鋼製造であるたたら)製鉄用具(重要有形民俗文化財)や日本刀(赤羽刀数十点)、素環頭大刀(古墳時代)の復元刀、甲冑(古墳時代)、最新の特殊鋼の紹介、日本刀に対し初めて科学的メスをいれた俵国一博士の研究資料等が展示されており、和鉄・和鋼に関するものとしては国内最大の規模となっている。また、世界的に名高いアニメ映画「もののけ姫」製作時に、館内の展示物を参考にしたといわれている。(Wikipedia)

そして、この博物館の隠れた場所に「ふたつの大砲」があるのです♪
隣接した市立図書館の駐車場奥にひっそりと。
こちらのHPを参考にさせて頂きましたが、
どうも、この大砲・・・来歴不明で説明表示もアヤシイのです
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説明表示通りに記すと、こうなります。
そして、両方ともに「1942年製  口径12.7cm  3.58トン」になっています。
 
見た感じ、同じ重量ではなさそうだし、口径も違います
  
個別に接写! 口径を計ってみました

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陸軍砲(高角砲)になっていますので、
陸軍または海軍・・・高射砲または高角砲・・・どちらか違っているようですね。
口径からすると海軍の高角砲のようですが。
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水上機母艦「千歳」の前甲板には連装高角砲2基が搭載された。
四〇口径八九式十二糎七高角砲(40こうけいはちきゅうしき12せんち7こうかくほう)は、日本海軍の開発した高角砲。通称12.7センチ高角砲1932年(昭和7年)2月6日正式採用された。
尾栓は閉鎖速度の速い横鎖栓式とされた。以後日本海軍で開発された高角砲は全てこの尾栓方式を採用している。(Wikipedia)
 
この砲は横鎖栓式でしょうか??

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こちらも詳細不明・・・海軍砲でしょうか??

「ふたつの大砲」・・・何か分かれば教えてください

湯野神社:参道の狛犬たち【伝説の道6】

砂の器関連の鑑賞は終了したので、湯野神社参道へ突入します♪
この神社、参道の本道には狛犬さんが4対\(◎o◎)/!・・・多い方ではないでしょうか?
脇参道にも居ました・・・狛犬密度高いです!
どうも、明治時代に周辺の神社を合祀したらしいので、合祀された神社の狛犬さんかも。
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湯野神社
 
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①丸い台座は珍しい?そうでもないですかね。(たぶん安政5年)
 
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②出雲式です。
 
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③これも出雲式です。
 
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④阿さんは下あごが崩れ・・・

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湯野神社とセミの抜け殻・・・「夏」という感じの一枚です
 
ということで、皆様へ
 
残暑お見舞い申し上げます
 
僕の場合、今週は特にダルくて朝は起き上がれません・・・
 
早く秋にならないかなあ
 
狛犬同好会登録OK♪

砂の器~追憶~【伝説の道5】

蕎麦も満喫できたし・・・もうひとつの「砂の器聖地」へ向かいます♪
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亀嵩駅から湯野神社へ
 
亀嵩集落・・・湯野神社前に到着!
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舞台の地ですな~ 
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砂の器記念碑
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近くの道の駅:酒造奥出雲交流館には「砂の器」の展示が有ります。
テレビドラマ(主演:渡辺謙)のセット
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ということで、文学周遊と追憶という感じですね
 
今回の「出雲と伯耆」滞在中に、
例の雲伯弁らしきものを聴くことはできませんでした・・・残念
実際のところ、東北風のズーズー弁なのかな?
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