YAMATETSU見聞録

史跡探訪と旅行、その他読書雑感等 ~明日になれば明日の風が吹く~

2020年02月

浅草:櫻田~江戸料理の風景~【甲府東京散歩6】

銀座から浅草に移動して、予約していた居酒屋へ。
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江戸料理 櫻田
東京都台東区雷門1-15-12 雷門永谷マンション1F
https://www.sakurada.tv/

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江戸時代~鬼平犯科帳~池波正太郎的な風景

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鹿鳴館跡~帝国ホテルとパンケーキ~【甲府東京散歩5】

翌日、東京に移動して、以前から気になっていた鹿鳴館跡へ行ってきました。
ついでに隣の帝国ホテルで名物パンケーキを食べようとする目論見。
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鹿鳴館における舞踏会を描いた浮世絵

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鹿鳴館跡・・・元の薩摩藩屋敷

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鹿鳴館(ろくめいかん)は、1883年(明治16年)に日本外務卿井上馨による欧化政策の一環として建設された西洋館である[2]。国賓や外国の外交官を接待するため、外国との社交場として使用された。鹿鳴館を中心にした外交政策を「鹿鳴館外交」、欧化主義が広まった明治10年代後半を「鹿鳴館時代」と呼ぶ[2]。欧米諸国との間の不平等条約を改正する狙いがあったが、1887年(明治20年)に条約改正の失敗で井上が辞職したことで鹿鳴館時代も終わりを告げ、1890年(明治23年)からは華族会館として使用されるようになった。1941年昭和16年)に取り壊された[2]。(Wikipedia)

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一方、名物のパンケーキが目的で行った帝国ホテルは長蛇の列・・・(T_T)
ここでのパンケーキは諦めて、銀座へ向かうことに。

代替えとして・・・
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Billsのパンケーキを味わいました(=^・^=)

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鮨処 花桜~甲府の寿司~【甲府東京散歩4】

甲府在住のemiさんと合流して、地元の寿司屋さんに連れて行ってもらいました★
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鮨処 花桜
山梨県甲府市中央2-9-13

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熟練の味わいでした(=^・^=)

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六曜館珈琲店~老舗の純喫茶~【甲府東京散歩3】

甲府駅の南口から徒歩数分・・・。
前回の甲府来訪時に見かけて気になっていた喫茶店を訪ねました。
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駅前市街地の一角・・・ツタに覆われた建造物の1階にある純喫茶★

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六曜館珈琲店
山梨県甲府市丸の内2-15-15 萬集閣1階
https://www.porta-y.jp/feature/jyunkissa/rokuyokan-coffee-shop

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六曜館珈琲とともに、落ち着いた雰囲気を愉しむことができました(=^・^=)

俺は地方病博士だ(日本住血吸虫)~山梨県立図書館~【甲府東京散歩2】

つづいて、
以前から気になっていた資料を閲覧するため、甲府駅北口にある山梨県立図書館へ。

昭和町 杉浦醫院~地方病・日本住血吸虫~【甲州甲府散歩3】 からの流れで「地方病」についての関連です。
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山梨県立図書館

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今回は、郷土資料コーナーで、この2冊と向きあいました。

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地方病の記事の中に記述がある資料「俺は地方病博士だ」

地方病は、ミヤイリガイの生息する河川や水路などで直接水に触れることによってセルカリアに感染し罹患する。よって、水田耕作に従事する農民は感染の危険性が常時付きまとっていることになる。しかし、仕事ではない不要不急な子供たちの川遊びなどによる感染は、正しく指導することで防ぐことが可能なため、子供たちへの啓蒙対策が急務となった。小さい頃に罹患すればその後の成長に大きな影響を与えるため、細心の注意が必要であると、自ら小学校2校の校医[† 34]を務めるようになっていた三神三朗も山梨地方病研究部に申し入れた[152]

しかし、中間宿主を経て変態する日本住血吸虫のライフサイクルを子供たちに理解させることは容易ではなかった。複雑な感染メカニズムを文字や文章のみで理解することは難しいため、子供たちにも理解しやすい周知方法を検討・模索した山梨地方病研究部は1917年(大正6年)、『俺は地方病博士だ(日本住血吸虫病の話)』[† 35]と題した、当時としては画期的なイラスト[† 36]を多用した全16ページに及ぶ多色刷りの予防冊子を2万部作成し、有病地の小学生に無償で配布した[148]。ミヤイリガイの発見により日本住血吸虫の生態が解明されてから僅か3年半後であったことを考えても、当時の関係者が児童への感染防止をいかに重視していたのかが分かる。

冊子の内容は、地方病が水中の病原虫(セルカリア)を介して皮膚から感染する病気であること、この病原虫がミヤイリガイという小さな巻貝に潜んでいるため、川で遊ぶのは非常に危険であることを、子供にも理解できるように分かりやすく解説したものであった。また、小学生の興味を引くために3人の登場人物を配しストーリー性を持たせた、絵本のような内容であった。地方病研究部は各校校長以下、全教員授業で読み聞かせるように義務付け、感想文などを書かせる指導を行い啓蒙に努めた[152]

特にセルカリアの活動が活発になる夏場の河川での水泳は厳しく禁止されたが、大正時代の郊外有病地の一般家庭では風呂はおろか上水道すらないのが当たり前であり、日本有数の酷暑地帯である甲府盆地の夏季では、子供たちの河川での行水を完全に制限することは難しかった。このため、有病地の小中学校のプール設置が県の補助事業として優先的に進められるなど、引き続き子供たちへの感染防止の徹底が図られた[154][155][151]。(Wikipedia)

 俺は地方病博士だ 全ページ画像 峡陽文庫[151]

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大正6年に発行された資料は当時の深刻さを物語っているようでした。

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この「地方病とのたたかい」は地方病撲滅までの歴史が詳細に語られています。
写真も多く、印象的でした。
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ということで、また機会があれば地方病関連の資料等に触れたいと考えています。

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