続いて、勇払駅から歩いて「勇武津資料館」と表記される勇払の資料館へ。江戸時代後期の勇払は、かつての東蝦夷地における拠点となった「勇武津会所」があった場所です。
【参考】
江戸幕府の北方防衛 ─いかにして武士は「日本の領土」を守ってきたのか : YAMATETSU見聞録
アイヌの道(街道の日本史1) : YAMATETSU見聞録
蝦夷地から北海道へ(街道の日本史2) : YAMATETSU見聞録
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勇払は苫小牧市の南東に位置する歴史深い土地である。アイヌの時代から勇払川は石狩方面への交通手段として使われていた。勇払川からは600年前のものとされる丸木舟が発掘され、苫小牧市博物館に展示されている。また、アイヌの集落跡からは和人との交流を示す通貨や漆器なども発掘されている。比較的早い時期に和人の入植が始まった。この地に過酷な環境の中入植をした八王子千人同心の墓地があり、勇武津資料館も隣接する。

江戸時代後期の1800年(寛政12年)には、北方警備の強化を目指した江戸幕府の依頼により、原胤敦と八王子千人同心子弟が約50人が移駐して開拓に当たった[4]。(会所が設置された。)(Wikipedia)P1230217

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郷土の歴史を学ぶ「勇武津資料館」|北海道苫小牧市

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