YAMATETSU見聞録

史跡探訪と旅行、その他読書雑感等 ~明日になれば明日の風が吹く~

宮崎県

宮崎雑記~旅の風景~【日向宮崎探訪記15】

旅の終わりに・・・駅前の大型ビジョンにて
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「この列車は止まらない」\(^o^)/

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ということで、宮崎駅で名物の「椎茸めし」を入手して

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車窓から日向灘を眺めつつ、九州をあとにしたのでした


以上、【日向宮崎探訪記】 終了
ありがとうございましたm(__)m

宝来~宮崎ラーメン~【日向宮崎探訪記14】

やはり・・・宮崎県に来たからには、味わっておかなければなりません
ということで、ご当地・宮崎ラーメン・・・地元の老舗を調査して潜入したのでした
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宝来 (ほうらい)
 宮崎県 宮崎市 千草町 1-1 愛ビル1F

宮崎ラーメン(みやざきラーメン)とは、宮崎県で提供されているご当地ラーメン豚骨からスープをとる博多ラーメンの系統であるが、ドロっとした豚骨特有の濃厚さがなく、九州の他県の豚骨ラーメンと比べるとあっさりとした豚骨スープが特徴[1][2][3]。宮崎県北地域ではこってりとしたスープを提供している店も多い[2]
麺は、加水率が高く柔らかめの太麺が使われる事が多い[1][2]。好みによってニンニク醤油をスープに入れることもある[3]たくあん突き出しとして供されるのが基本である[2][3]。(Wikipedia)

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九州は豚骨ですな~

日南市:飫肥へ~日南線~【日向宮崎探訪記10】

翌日、宮崎駅から日南線を南下・・・日向国南部にある伊東氏5万石の城下町、日南市の飫肥へ。
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日南線の南郷行にて。

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雨の中・・・

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通信圏外の山間部を進み

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飫肥駅到着。

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駅前から飫肥藩の城下町へ向かいます。

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飫肥藩(おびはん)は、日向国那珂郡のある南部(現在の宮崎県日南市の全域および宮崎市南部)を支配した。藩庁は飫肥城。藩主は伊東氏。家格は外様大名である。
日向伊東氏は鎌倉時代に日向国の地頭に任じられ、1335年に伊東祐持が足利尊氏によって都於郡300町を宛がわれて下向した事に始まる。一時は島津氏との争いに敗れ日向を追われるが、当主伊東祐兵豊臣秀吉九州平定に参加し、九州平定軍の先導役を務め上げた功績により飫肥の地を取り戻し近世大名として復活を成し遂げた。
慶長5年(1600年関ヶ原の戦いでは祐兵が大坂で病を得ていた為、成り行きで西軍につくものの、密かに黒田如水を通じて東軍に味方をし、嫡男祐慶を下向させて宮崎城を攻撃。事無きを得た。元和3年(1617年)2代将軍徳川秀忠より飫肥藩5万7千石の所領安堵の朱印状を受けた。
3代祐久寛永13年(1636年)弟の祐豊に3千石を分与して旗本寄合とし、4代祐由明暦3年(1657年)弟の祐春に3千石を分与して表向御礼衆交代寄合としたため、以後、石高は5万1千石となった。
領内は耕地が少なく、山林と海浜に囲まれていた。温暖で湿潤な気候を利用しなどの林業を発展させ、今日でも「飫肥杉」はこの地の特産として残っている。また、同時に漁業も藩財政の一翼を担った。また、薩摩藩同様に「地頭」の名称の職もあった。旧清武城は藩の第二の拠点として、清武地頭が置かれていた。
11代祐民享和元年(1801年)学問所を設け、これが天保元年(1830年藩校振徳堂となった。
幕末の飫肥藩は極度の財政難に陥り、嘉永4年(1851年)には藩士の家禄を1/3に減じ、更に安政4年(1857年)には倹約令を出すほどだった。
明治4年(1871年廃藩置県により飫肥県となった。後、都城県、宮崎県、鹿児島県を経て再置県(分県)された宮崎県に編入された。(Wikipedia)

ぐんけい~日向名物:地頭鶏炭火焼と焼酎~【日向宮崎探訪記9】

宮崎駅前に戻ってきました
やっぱり日向に来たからには名物の炭火焼と地元の焼酎・・・是非とも味わっておかなければなりません
炭火焼鳥と焼酎は最高ですな
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みやざき地頭鶏専門店 ぐんけい宮崎駅前店
宮崎市錦町1番10号 宮崎グリーンスフィア壱番館2F

やざき地頭鶏(みやざきじとっこ)とは、宮崎県を中心に飼育されている品種
地頭鶏(じとっこ)とは、宮崎県および鹿児島県の霧島山麓において古くから飼育されていた在来種である。名前の由来は、江戸時代にこの鶏を飼育していた農家の人達が極めて美味しい肉であることから藩城主の地頭職に献上している内、いつからともなく地頭鶏と呼ぶようになったと言われている。生産羽数が非常に少ないため1943年(昭和18年)に文部省から天然記念物に指定された。
1985年に宮崎県畜産試験場川南支場において、宮崎県の地域性を持つ地頭鶏を原種鶏とした「みやざき地鶏」の開発がスタートした[1]。(Wikipedia)

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炭火焼(プレミアムもも)

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焼酎「天孫降臨」

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地頭鶏串

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焼酎「飫肥杉」

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地頭鶏ラーメン

日向市:美々津へ~日豊本線~【日向宮崎探訪記6】

翌日、宮崎駅から日豊本線を北上・・・神武天皇出港伝説の地、日向市の美々津へ。
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美々津駅に到着!北へ約2キロ・・・耳川の河口へ向かいます。

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美々津(みみつ)は、宮崎県中北部、日向市南部の地域。町名としては美々津町
児湯郡美々津町1955年(昭和30)日向市に編入。耳川(美々津川)右岸から石並川流域を占め、西部は尾鈴火成岩の山地、沿岸部は宮崎平野の北縁をなす。 耳川河口美々津港江戸時代高鍋藩上方交易港明治大正時代は入郷地帯を後背圏とする物資の移出入港となり美々津はその港町として栄えた。 当時の建物、敷地割が残り、瀬戸内船運の西端にあたり、上方風の商家、操船・水運業者の家、漁家が連なり、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定される。(Wikipedia)

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