YAMATETSU見聞録

史跡探訪と旅行、その他読書雑感等 ~明日になれば明日の風が吹く~

旅行

東京へ~寝台特急サンライズ~【関東甲州探見録1】

先日のこと・・・
関東東京および甲州山梨へ潜入してきました
ということで・・・・・・その時の見聞の、ごく一部を綴ってみようかと想います

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年末のある日・・・
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地元の駅から

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岡山駅に入るサンライズ号

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今回は「シングル」で

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定刻に東京着!

駒込のホテルに荷物を置いて探索開始。

次回へ続く

旅の終わりに~古本まつり&かすまき~【対馬国紀行17】

博多ふ頭からバスに乗って博多駅前に到着。
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休憩しつつ・・・いつか機会があれば「壱岐」にも・・・。

そして、
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駅ビルの「古本まつり」で物色したり。

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県立図書館にも蔵書が無さそうな本を入手\(^o^)/
後日ゆっくり読みたいものですが・・・最近、「積読本」が増えて、まったく消化できません(T_T)

時間が来たので、新幹線に乗り込み帰路へ。

帰宅して、
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対馬の銘菓「かすまき」を味わいました。

かすまきは、こし餡をカステラ風の厚い皮で巻いた対馬を代表する和菓子です。江戸時代、参勤交代から帰国した藩主を迎えるに当たり、家中一同で喜びを分かち合うために考案されたと伝えられ、当時ぜいたく品だった餡をたっぷり使うのが特徴です。明治以降、庶民の口にも入るようになり、対馬の伝統的な和菓子として、またお土産として愛されています。 https://www.tsushima-net.org/gourmet/goods.php

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対馬の風景がよみがえります(ノД`)・゜・。



以上、
【対馬国紀行】終了
ありがとうございましたm(__)m


玄界灘を渡る~ジェットフォイル(B-929)~【対馬国紀行16】

翌日の早朝、対馬を離れ博多に渡らなければなりません・・・(ノД`)・゜・。
帰り便は高速船の予約が取れたので、航路となりました。
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港町の風景を眺めながら・・・

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厳原港へ向かいます。

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厳原港ターミナルビルに到着。

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予約済みの、6時45分発「ヴィーナス2」のチケットを発券します。

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ターミナルビルに棲む?ミナトツシマイエネコに遭遇。

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高速船:ジェットフォイル(B-929)「ヴィーナス2」に搭乗。

ボーイング929 (Boeing 929) は、米国ボーイング社によって開発された水中翼船
当初は軍事用に開発されたが、1974年に旅客用が開発され、1977年に日本に初導入された。旅客用はジェットフォイル (Jetfoil) という愛称を持つ。
水中翼船としては全没翼型に属し、が全て水中にある。ガスタービンを動力としたウォータージェット推進である。
停止時および低速では通常の船と同様、船体の浮力で浮いて航行し、「艇走」と呼ばれる。速度が上がると翼に揚力が発生し、しだいに船体が浮上し離水、最終的には翼だけで航行する、「翼走」という状態になる。
船体の安定は Automatic Control System(ACS、自動姿勢制御装置)により制御された翼のフラップにより行われる。進行方向を変える場合もフラップを使うため航空機さながらに船体を傾けながら旋回する。翼走状態では、水面の波の影響を受けにくく高速でも半没翼式水中翼船に比べ乗り心地がよい。
翼は跳ね上げ式になっており、停止・低速時の吃水を抑えることができる。また半没翼型と異なり翼の左右への張り出しもないため港に特別の設備なしに着岸できる。また翼にはショックアブソーバーが付いており、材木など多少の障害物への衝突に耐えることができる。
姿勢制御はACSと油圧アクチュエータに依存するので、推進用のタービン共々、航空機なみのメンテナンスが必要である。 (Wikipedia)

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離れ行く対馬・・・・・・。

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海峡とはいえ、大海原。
元寇の時のモンゴル兵は、この海を見ただけでも帰りたくなったのでないか・・・船酔いをしながらたどり着いた九州で戦うと、鎌倉武士は意外と強いという・・・やる気を無くした面もあるのではないか・・・とか想像したり。

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しばらくして壱岐の島が見えてきました。

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壱岐・芦辺に寄港。

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9時過ぎ・・・博多湾に入りました。

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船酔いもすることなく博多上陸です。

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バスで博多駅に向かいました。

対馬北上の道~ダイハツ・ムーヴ (MOVE) ~【対馬国紀行11】

翌日、15日の朝・・・この日は対馬の北部方面に行く予定なのです。
さっそく新聞とテレビで天気予報と情報確認
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なんと台風直撃コース午後あたりがピークのようです(ノД`)・゜・。

しかし、対馬北部へなんとか行きたい・・・決行!!!

ということで、ホテル対馬に予約配車してあるレンタカーを受け取ります。
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レンタル探索車はダイハツ:ムーヴ (MOVE)

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8時過ぎから出発して、17時までに返却予定(保険料込み)・・・どこまでいけるか。

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とりあえず北上。対馬の北端へ向かいます。

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途中に立ち寄ったのは「万関橋」

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明治時代・・・日本海軍によって開削されました。

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万関橋

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万関の瀬戸・・・ここから日本海海戦の時に水雷艇部隊が出撃したそうです。

万関瀬戸(まんぜきせと)[1]は、対馬長崎県対馬市)の中央よりやや南の東部にある延長約500mの運河地図)。対馬西部の浅茅湾(あそうわん)と東部の三浦湾(みうらわん)を接続する。
対馬西岸と東岸を結ぶ運河はもう1本大船越瀬戸地図)がここより約2km南にあるが、万関瀬戸に比べて狭く、浅い。また、万関瀬戸が航路であるのに対し、大船越瀬戸は漁港となっている。このため、多くの船舶は万関瀬戸の方を通航する。なお、万関瀬戸航路は開発保全航路に指定されている。
対馬島の上島と下島の境であり、ここより北部を上島、南部を下島と言う。運河上には国道382号の万関橋(まんぜきばし)というが架けられている。現在の橋は1996年に架けられた3代目。
1900年に旧大日本帝国海軍によって、浅茅湾内の竹敷港にあった竹敷要港部から対馬東海上までの所要時間を短縮するための航路として開削された。当時は幅約25メートル、深さ約3メートル[2]であった。1905年に起きた日露戦争日本海海戦では水雷艇部隊がここを通って出撃した[3]
1955年に万関橋が架け替えられた。この2代目の万関橋は綱製のアーチ橋で、バスの通行が可能になった。
1974年7月に開発保全航路に指定され、1975年3月には幅40メートル、深さ4.5メートルに拡張された。 (Wikipedia)


国道382号を一路北上。
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ついに豪雨が・・・。

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雨は一時的に上がったり激しくなったり。ツシマヤマネコには逢いたいものの注意しなければいけません。

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このような山を切り開いた道が続く・・・かつては対馬島内の移動は主に「船」だったそうです。
対馬は広い~~

対馬を味わう1~本マグロと清酒白嶽~【対馬国紀行10】

その日の夕食は、評判の良い居酒屋へ行く予定だったのですが、なんと休業・・・(ノД`)・゜・。
仕方なく、ホテル近くにあるスーパーで「対馬の産品」を調達することに★
このスーパーが結構大きくて、離島とは思えない品揃え。山梨県の桃などが売ってたりして、日本の物流システムに驚愕したりしたのでした\(◎o◎)/!

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割引の食材を調達!減量中なので節制です。

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対馬海流に乗ってきた?ホンマグロと\(^o^)/

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対馬の地酒です\(^o^)/

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まあまあ居酒屋気分になりました~


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天気予報を観ながら・・・明日の天気を心配したり。

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